Silent Night2

近藤さん

ようやく帰り着いた大江戸駅。

「あれ?こんな街路樹あったっけ…?」

たった2週間、されど2週間。
視界に入る景色はどれも妙に新鮮だった。

「そうだ、ケーキを買って帰らなきゃ。」

喜ぶ土方さんの顔を想像しながらケーキ屋へ向かう。
辿り着いた店を見て、驚いた。

「わっ…、」

随分と大きくなっている。パッと見ただけでも、敷地面積は以前の3倍。

「…そう言えばこの道、土方さんの誕生日以来通ってないかも。」

そりゃあ景色も変わるか。

「すみませーん。」

店へ入り、声を掛ける。
ショーケースに陳列されたケーキはどれも美味しそうだ。…けれど、

「うん…?」

マヨケーキも売り出されている。これってシークレット的な扱いじゃなかったっけ?

「はい…おや!久しぶりだね、早雨さん!」
「お久しぶりです!」

奥から出てきたのは、以前も対応してくれた店主兼パティシエさん。

「お店、大きくなったんですね!」
「そうなんです、副長さん様々ですよ!ハハハッ!」

そうか、土方さん効果ね。
マヨケーキまで売り出してるところを見ると、相当な数の土方ファンが買いに来ているんだろう。

「それじゃあ私も、このマヨケーキを頂けますか?」
「ありがとうございます!ホールケーキもご用意できますが…」
「あー…」

おそらく土方さんはホールケーキでも食べきれる。が、また私におすそ分けしてくれる流れになるのは勘弁。大きなケーキを用意するほど、前回のような甘っちょろい分量で終わらない気がする。…うん、今年は小さめで行こう!

「今日はショートケーキの方で。」
「わかりました!」

パティシエが手際よくケーキを白い箱へ移す。お金を払って私の手元に来た箱は、前に購入した時よりもひと回り小さかかった。

「ではこちらがマヨケーキになります!」
「ありがとうございます。」
「オクさんにもよろしくお伝えくださいね。」
「?はーい。」
「ありがとうございました~!」

パティシエの声に見送られながら店を出る。

「……、」

『オクさんにもよろしくお伝えくださいね』

…オクさんって誰のことだろう。新人隊士?でも新人隊士に『よろしくお伝えください』なんて珍しいよね…。……まさか、この2週間の間に新しい重役が入った!?

「…まぁいっか。」

帰れば分かる話。
私は白い箱を片手に、今夜を妄想しながら足取り軽く帰った。

そしてようやく、

「ただ今戻りました~!」

愛しき屯所へ。今はこのむさ苦しい空気すらも愛おしく感じる。

「……?」

靴を脱ぎ終わり、顔を上げた。
いつもなら誰かしら必ず出てきて『おかえり』と言ってくれるのに、今日は何の返事もない。それどころか耳を澄ましても静かだ。

「…会議でもしてるのかな。」

何かあったのかも。
少し緊張しながら広間へ向かう。…でも、

「誰もいない…。」

クリスマス会の準備すらしていなかった。去年なら準備していてもおかしくない時間なのに、庭の松の木すら飾りつけしていない。

「やっぱり何かあったのかも…。」

総動員するような、何か大きなことが……

―――ガタッ…
「!」

どこかで物音がした。ここから一番近い部屋は局長室。近藤さんはいるのかもしれない。

「…近藤さん、いますか?」

恐る恐る、部屋の前で声を掛ける。すると、

「その声は紅涙ちゃんか。入ってくれ。」
「!」

よかった、いる…!

「失礼します!」

障子を開けた。近藤さんはやわらかに微笑んで、「おかえり」と言ってくれた。でも…

「長きに渡りご苦労さまだったね。」

何か…違う?
近藤さんって、こんな大人のオーラを醸し出す人だったっけ?もっとこう…気さくな感じで、無邪気さと小汚さが…じゃなくて、味のある雰囲気を持った人だったような気がするんだけど……。

「向こうは寒かったかい?」
「え、あっはい!もう寒いってもんじゃないですよ!雪とか積もりまくってて、車もスッポリです!」
「ははは!そうかそうか。ま、座ってくれ。」

向かいの席へ促される。その手の一部がキラッと光った。

「…?」

何か付いてる?
目をこらす。近藤さんの左手…左手の……

「…っえ!?」
「どうした、紅涙ちゃん。」
「こっ近藤さん、左手……」
「うん?」
「ひ、左手に…薬指に…っ!!」
「……ああ、」
「ゆっゆびっ指輪…が…っっ!」

指輪があるんですけどォォー!!

「ハハッ、そうなんだ。実は俺も婚約してね。」
「こっ、お、ぉぅえぇぇッ!?」

ちょっ…いつの間に!?いつの間にそんな話になってたの!?お見合い!?お見合いでトントントーンと進んだらそうなるわけ!?

「おっお相手はゴリ…いえっ、天人の方ですか!?」
「やだなァ~、悪夢を思い出させないでくれよ。ちゃんと人間、江戸の人だ。」

そうなの!?
近藤さんは嬉しそうに目を細めて笑った。
ああっ眩しい!まさかこの人の笑顔に眩しさを感じる日が来るなんて!!

「だから今年のクリスマス会からは開催しないことになったんだ。うちも随分と所帯持ちが増えたからね。」
「そうだったんですか…!」
「ようやく俺も仲間入りできたよ。」

くっ…眩しい!
そっか、クリスマス会がないから人がいないのか。ないと言われると若干寂しい気はするけど、土方さんと過ごせるなら断然いい。今年は良いクリスマスになりそう!

「その箱は何だい?」
「あ、ケーキです!マヨネーズの。」
「マヨネーズ…、」

へへと笑う私に、なぜか近藤さんは苦笑する。

「トシのためか。」
「はい!もちろん。」
「そうか…、」
「?」

なんとも言えない表情だ。

「あの…何か……?」
「いや、…喜ぶといいな。」
「はい!あっ、おめでとうございます、近藤さん!」
「うん?」
「ご結婚…ご婚約?」
「ありがとう。」

うわぁ…本当にしたんだなぁ。…すごい!すごいよ!!何だか自分のことのように嬉しい!!

「今度、紅涙ちゃんにも妻を紹介するから。」

『妻』!!

「はいぜひ!楽しみにしてます!!」

私は興奮冷めやらぬまま「失礼します!」と頭を下げ、局長室を後にした。
いや~、まさか近藤さんが婚約しているとは。寝耳に水とはこのことだよね。土方さんは前々からそういう話があるって知ってたのかな?

「知ってて黙ってたんだろうなぁ…。」

私には言ってくれてもよかったのに。信用ないなぁ、秘密はちゃんと黙ってる人間ですよ?

「あとで文句言ってやろう。」

局長室を出た足で副長室を目指す。
いつもなら煙草の匂いが部屋の外まで漏れ出ているけど、不思議と今日はしない。
もしかしていないのかな…?
障子の前で足を止め、声を掛けた。

「土方さん、紅涙です。今戻りました。」
「……。」

反応がない。やっぱりいないのか。

―――カサッ…
「!」

いる!いるじゃん!
かすかだけど、部屋の中から書類を捲る音が聞こえる。
もうっ、どうして答えてくれないの?いつもなら『入れ』って言ってくれるのに…。

「入ってもいいですか?」
「……、」
「…?……あの、土方さん?」

どうしたんだろう…。…まさか、書類を片手に倒れてる!?

「っひじ――」

待て待て待て。すごく重要な考え事をしているのかもしれない。その場合、邪魔するのは気が引ける。

「…、」

…でも…、

「……。」

少しでいいから、顔…見たいな。

「……入れ。」
「!」

中から声が返ってきた。

「失礼します!」

すぐさま障子を開ける。久しぶりに足を踏み入れると胸が高鳴った。土方さんは奥の机の前に向かい、こちらに背を向けている。
ああ…っ、今すぐあの背中に飛びつきたい!!

「……。」
「…?」

私が部屋に入って十数秒。なかなか土方さんは振り向かない。
なんで?寂しくなかったの?会いたいとか、早く顔が見たいとか…思ってくれてなかったの?

「……、」

ええい!土方さんの気持ちなんて関係ないわ!私から抱きついてやる!私は今、猛烈な土方欠乏症中なんですよ!!

「土方さ―――」
「何しに来た。」
「っ……え…?」

踏み出した足を止める。
今…なんて?

「何しに来たって言ってんだよ。」

驚いた…。まさかそんな言葉を投げられるとは思ってなかった。しかも背を向けたままだよ?ちょっと怒ってるってことでしょ。

……あ。あれかな。この2週間、ろくに連絡を取らなかったから。でもそれは連絡を取らなかったんじゃなくて、取れなかったんですよ?ちょっとは相手の事情も汲んで拗ねてくれなきゃ困るなぁ……

「用がないなら出て行け。」
「っえ!?」
「俺はお前に用がない。」
「や、ちょっ……」

待って待って、これヤバいやつ。本気で怒ってる時じゃん!恋人同士の痴話喧嘩レベルじゃないよ!?なんで!?なんで!?なんでこんなに怒ってるの!?

「あ、の、……、」
「……。」
「……、…、」

っ…ダメだ!聞けない!こっちの事情なんてとても言えない!!でも何か言わなきゃ追い出される…!

「……も、」
「……。」
「…も…、…戻りました。」

かろうじて出た言葉だった。息苦しいくらい空気が張りつめている。立ちくらみすらしそうだ…。

「…、……お疲れ。」
「あっ…、…おっ、お疲れさまです!」

よ、よかった…とりあえず返してくれる。
労いの言葉に少しホッとしたのも、つかの間。

「……。」

再び空気が止まる。会話は続かなかった。続ける気もないように感じる。あの背中から、『出て行け』と声すら聞こえる。

どうしよう…。私、何かしたの?
あんなに会いたかった人が目の前にいるのに、ただ声を聞いて、抱き締めてほしかっただけなのに……

今は恐くて…近づけない。

にいどめ