Silent Night3

土方さん

痛いくらいの沈黙は、自分の呼吸音すら気遣わせる。
『ここにいたい、でも今すぐ逃げたい』
そんな気持ちを押し込めて、私はあえて明るく声を掛けた。どんな風にでも、今より何かは変わるかと思って。

「っ土方さん、クリスマスケーキ買ってきたんですよ?土方さんが好きなマヨネーズの!」

持っていた白い箱を差し出す。もちろん土方さんは背を向けたままだから、その背にケーキを差し出すだけの形になったけど。

「……。」
「…、」

…むなしい、かなしい。

「今夜また一緒に食べましょうね!…あ、でも私はいりませんよ?マヨネーズだし。」

へへへと笑うと、私の声だけが響く。屯所内がいつもより静かなせいで、余計にバカみたいな自分の声が耳についた。

「……、…。」

なんかもう…泣きそうだ。やっと帰ってこれたのにコレなんだもん。

「っ…、…。」

ダメだ、部屋を出よう。
せめてケーキだけでもと思い、そばの机へ置いた。すると、

「食堂にでも置いとけ。」
「っ…」
「誰か食うだろ。」
「……、」

…なに…それ。信じられない…、
信じられない信じられないっ!今のはさすがに酷すぎる!

「なんでそんな言い方するんですか!?」
「…。」
「私は土方さんのために買ってきたんですよ!?…っ土方さんと一緒にクリスマスしたくて――」
「お前こそっ、」

ダンッと手にしていた筆を机へ叩きつけた。

「お前こそっ、何で今さらッ…今さらこんなことしやがるんだ!!」

土方さんが振り返る。やっと見られた顔なのに、その表情は強く眉を寄せ、私を睨みつけるものだった。

「土方さん…、」

なんで…?
怒りを含んだ瞳は業火のようで、目を合わせているだけなのに身体の節々が焼け焦げていくようにすら感じる。

「…あ……、」

早く火の粉を払い除けないと。このままだと丸焦げになってしまう。二度と動けなくなって、二度とこの人に近付けなくなってしまう。

「…どう…して……」

固まりそうな思考でなんとか唇を動かした。必死に絞り出した言葉は、

「どうして…私は怒られてるんですか?」

なんともマヌケな質問。
でも本当に分からなかった。どうして土方さんの機嫌をそこまで損ねてしまっているのか。それに、さっき土方さんが『何で今さら』と言った理由も分からない。

「なんで……?」

何も、分からない。

「教えてくれなきゃ…分かりません。」
「…ッ、」
―――ドンッ!
「!」

苛立ちを抑えきれなくなった土方さんが、右の拳を畳に打ち付けた。その拳をめり込ませたまま、震えるように肩で息を吐く。

「……出て行け。」

低く唸り、私を睨んだ。

「土方さ――」
「今すぐ出て行け。」
「っ、」

思わず怯む。だけどここで出て行くと、全てが止まり、終わってしまう。

「っ…なんで、ですか?」

頭が『部屋を出よう』と言っている。
心が『これ以上嫌われる方が怖い』と言っている。
…それでも、

「言ってくれなきゃ分かりません…!」

出て行くわけにはいかないの。

「ちゃんと言ってください、土方さん!」

あなたをそうさせている訳を、

「私の何に怒ってるんですか!?」
「ッ、」
「土方さん!」

教えて。

「さっさと出て行けっつってんだろうが!」

とうとう土方さんが腰を上げた。足音を立てて私の前に来たかと思うと、雑に腕を掴み上げられる。

「いッ、」
「出て行け!」

そのまま廊下へ引きづり出された。障子に手を掛け、閉めようとまでする。

「っ、待って!まだ話がっ――」

慌てて止めた時、

「?」

いつもと違うことに気付いた。

「…それは…、…?」
「っ…、」

今度は土方さんが怯む。気付かれたと言わんばかりに、自分の左手を引っ込めた。

「…何なんですか?それ……」

私が今見たものは何だったんだろう。幻?…ううん、確実に見た。土方さんの…左手に……

「その指輪…っ、何ですか!!」

左手の薬指に、誰かとの契りがある。

「……。」
「土方さん!」

私じゃない。指輪なんてもらったことがない。私が欲しいと言った時、『指輪は結婚する時で十分だろ』と一蹴りされた。
そんな人が指輪をしている。石のない、シンプルな指輪を。あれは…紛れもなく、

「どうしてっ…!」

紛れもなく、結婚指輪だ。

「どうして土方さんっ!」
「……。」

涙は出ない。頭が追いついていない。
だって…全然意味が分からないんだもの。

この2週間の間に結婚?近藤さんにも驚いたけど、そういうの流行ってるんですか?それ以前に、土方さんは私という恋人がいるんですよ?なのに結婚した?笑わせないでよ。そんなことされたら今までの時間は…今まで私達が一緒に過ごした時間は…一体…なんだったっていうの……。

「っ、」

ほの暗い気持ちがぐるぐる回って息切れしそう。

「説明してください…、」
「……。」
「土方さんっ…!」

目をそらす土方さんの腕を持ち、揺らした。
嘘だと言って。悪い冗談だと言って。
そう願う私に、土方さんは変わらず苛立った口調で言う。

「お前に言われる筋合いはねェだろ!」
「……、」

…なんだろう。ここへ帰ってきた時から、全く話が噛み合っていない。まるで目の前にいないみたいに、私達は違う場所を見て話している気分だ。

「どうして…そんな言い方ばかり……」
「お前がっ、…ッ、」

ギリッと音がしそうなほど唇を強く噛み、土方さんは目を伏せて何かを呑み込んだ。息を吸って、少し間を空けてから私を見る。

「お前が向こうで結婚するって言った日から…ここまで戻るのにどれだけ時間が必要だったか…ッ、」
「……え?」
「お前には分からねェだろうよ!」

何の…話?

「結婚って……」
「うるせェッ!」
「ちょっ、聞いてください!私、結婚するなんて言ってませんよ!?」
「黙れ!!」
「土方さん!!」
「お前の話は聞きたくねェんだよ!出て行け!!」
―――ピシャッ!
「っ!!」

障子を閉められた。
わけが分からない。何がどうなってるの?
私が結婚?どこをどうしたらそんな話になるのよ。今まで出張してた私が、たった2週間屯所から離れただけで結婚なんてするわけないじゃん。そんなこと、信じないでよ土方さん。

「…2週間……離れる…?」

ふと、電車内で読んだ新聞記事を思い出した。

『彼らはたった1週間でオリジナルを吸収し――』

…まさか、寄生型エイリアンが関係してる?
条件は少し違うけど、まだどこかで生きていて、それが密かに進化を繰り返し、2度目の寄生を始めているとしたら?

「話が繋がる…!」

私は自分の考えに確信を抱きつつ、携帯を取り出した。番号を探し、発信する。

「あ、もしもし銀さん?」

唯一の未感染者、坂田銀時に。

「ちょっとお聞きしたいことがありまして……」

にいどめ