Silent Night5

誰かさん

信じられないし、虚しいけど、土方さんの結婚相手が妊娠したと聞いても涙は出なかった。
だって…新しい生命の芽生えを喜ばなきゃいけないし、この人が誰かと家庭を築くのは…素晴らしいことなんだから。

「……おめでとう…ございます。」

泣いていいものじゃない。

「…ありがとな。」
「っ…、」

私は……

「っ、…。」

私は、泣かない。これからも……この先もずっと、私は泣かない。

「ぅっ…、」
「紅涙…、」

…すごいじゃないですか、土方さん。
あれだけ煙草をやめられなかった人が、ちゃんとやめられたなんて。自分の愛する人のために…自分の、『家族』を守るために…やめられたなんて。

「…っ…、よくっ…」
「?」
「よくっ…っ、禁煙、がんばりましたね…!」
「紅涙…。」
「やればっ…っできるじゃないですかっ!」

土方さんに笑いかける。…でも、

「っ、ぅ…、」

頬が震えて、うまく笑えなかった。

「ごめっ…なさっ…」
「…、」

…ダメだ、喉が痛い。色んなものがつっかえて苦しい。祝ってあげなきゃいけないのに。土方さんの話を…一緒に喜んであげなきゃ…いけないのに……

「ぅ…っ、」
「……紅涙、」

土方さんが、また私に手を伸ばす。…でも、

「……、」

私はその手を静かに押し戻した。
もうこの手に甘えることは出来ない。この手が守らなければいけないのは…私じゃない。

「…、」
「…。」
「……失礼します。」

顔を見ないまま頭を下げ、立ち上がった。
少しずつ練習していこう。土方さんに頼らない日常を、少しずつ…距離を取って……始めていこう。

「…待ってくれ!」
「!」

唐突に手を掴まれた。今度は痛いくらい強く引き留められている。

「…放してください。」
「こんなの…無理だろッ…!」
「…?」

顔を上げる。すると土方さんは、

「忘れられるわけねェよ…!」

苦しげに眉を寄せて私を見ていた。掴まれていた手を引かれ、身体が倒れ込む。土方さんの…腕の中へ。

「っ、ダメですよ!」

待っていた温もり。欲しかった温もり。
それでも……もう私のものじゃない温もり。

「土方さんは…っ…結婚、してるんですよ!?」
「言うな。」
「でもっ」
「言うな。」

身体が軋みそうなくらい抱きしめてくる。吐息を漏らし、

「やっぱり…お前が愛しいんだ。」

どうしようもないことを言った。

「土方さん……っ、」

その言葉は、酷です。今の私は…手放しに喜べない。

「…、」

土方さんだって…どうしようもないんだから。こんなこと……

「…紅涙、」

私の肩を掴む。

「おかえり、紅涙。」

視線を合わせ、私の額にキスをした。

「っ…ダメですってば!」

胸を押し、身体を離す。

「こんなことしてもっ…」

誰のためにもならない。
そう口にしたいのに、

「……っ」

言えなかった。
私の心臓が…私の全てが、土方さんの言葉を喜んで……声にならない。

「ずっとお前に会いたかった。」
「っ…、」
「ごめんな、迎えに行ってやれなくて。行こうとした時に限って誰かが面倒事を起こしやがって…行けねェままになっちまった。」
「…、」
「お前の方から、帰ってきてくれたんだな…。」

ギュッと抱きしめられると、身体がしびれる。目がくらむくらい、嬉しかった。

「土方さん…、」

だめだ…離れないと……

「今まで何やってたんだよ。」
「何って…仕事です。」
「嘘つけ。こっちから連絡しても繋がらなかったじゃねーか。」
「それは…携帯が回収されていたので。」
「回収?」
「向こうの敷地内で通信機器の使用は禁止なんです。だから自由に電話も出来なくて…。でもちゃんと連絡してもらいましたよ?」
「2回だけな。しかも代理人からの素っ気ない内容。」
「それはまぁ…電話してもらうわけですし。」
『なかなか印を貰えず、しばらく帰れそうにありません』
『ようやく印を貰えました、明日に帰ります』

その程度の業務連絡だったけど、言ってくれればもう少し考えたのに…。

「…いや、俺も聞けば良かったんだ。」
「え!?」
「悪かったな…。」
「い、いえっ…、…私の方こそすみません。」

びっくりした。こんな土方さんは初めて。

「…紅涙、」
「はい?」
「帰ってきてくれて嬉しい。」
「っ…土方さん……」

キス…したい。
でも、土方さんの後ろに…まだ見ぬ土方さんの家族が見える。私の知らない結婚相手と、その人に宿る新しい生命が……見える。

「……、」
「お前はもう二度と帰って来ないんじゃないかと思ってた。」
「…何言ってるんですか、そんなのあり得ませんよ。」
「俺のことなんて忘れちまったのかと思ってた。」
「……それが一番あり得ません。」

会えなかった2週間、どれだけ想っていたか。
私は、たとえ海を渡った異国の地で土方さんが結婚したことを知ったとしても、土方さんの結婚相手を見るためにこっそり帰ってきます。

「たぶん…土方さんが思ってる以上に、私は土方さんのことが好きですよ。」

家庭を持った土方さんに怒ることすら抜け落ちているんだから。

「…そうか。」

土方さんが小さく笑う。嬉しそうに目を細め、私の髪を撫でた。

「お前は変わらないな。」
「…?」
「何もかも、5年前のままだ。」

……はい?

にいどめ