Silent Night4

エイリアン

『んー、そうそう。そんな感じだった気がする』

銀さんは電話の向こうであくびをしながら答えてくれた。
私の状況、やはり例の寄生型エイリアンが蔓延した時とかなり似ている。

「寄生されている場合は、頭に小さなオリジナルが付いてるんですね?」
『大抵な』
「わかりました、ありがとうございま……っあ!」
『なんだよ』
「このまま電話を繋いでおいてくれませんか?」
『何で』
「私、今から確認しますから!」
『はァ?何をだよ』

何をって、決まってるじゃん!
私は銀さんに、ろくに返事もせず走って副長室へ戻った。

―――スパンッ!
「!?」

断りも入れず勢いよく障子を開けると、驚いた土方さんが振り返る。

「なっ…なんだよ、」
「…。」

この人は土方さんじゃない。そう分かると、そこまで怖くなくなった。

「…すっかり騙されちゃった。」
「あァ?何の話だ。」
「ほんとにそっくりなんですね、本物と。」

土方さんに近付き、腰を屈めた。その顔を間近で拝む。
…うん、全く違いが分からない。

「っ…何のつもりか知らねェが、言ったはずだ。お前と話す気はない。出て行け。」
「お断りします。」

にっこり笑って背を伸ばす。

「銀さん、聞こえてますか?」
『聞こえてるぞー。つーかどんだけ待たせる気だよ。次にまたこんな感じになったら切るからな』
「すみません。それじゃあ今から確認します。」
「お前、万事屋と話してんのか?」
「ちょっと静かにしてください。」
「…。」
「心配しなくても、ちゃんと化けの皮を剥がしてあげますよ。」
「だから何の話を―――」
「銀さん、アレは頭のどの辺りに付いてたんでしたっけ。」
『耳の上…だったような』
「耳…。わかりました。」

私は携帯を傍に置き、土方さんを押し倒した。

「っな、おまっ…!?」

途端、

―――ゴッ…
「ぐォッ」
「あ。」

土方さんの後頭部を机の角にぶつけてしまった。

「いッてェェ、ッおいバカ!バカ紅涙!!」
「すみません!……ふふっ。」
「笑ってる場合か!」
「ですね。」

でもこういうの、すごく私達だ。…土方さんはニセモノだけど。

「…じゃあ確認しますね。」
「だから何を!」
「土方さんを。」

私は土方さんの腹部へ馬乗りし、その黒く艶のある髪に手を伸ばした。

「っ、何して―――」
「黙って!」
「っ…、」

耳の上、耳の上……
髪に手を差し入れ、ワシワシ探る。

「っやめろバカ!」
「じっとしてください!」
「…。」

頭の形通りに手を動かす。右も左も、その周辺も全部。

「…い、」
「あァ?」

ない。

「何もない!」
「何の話だよ…。」

どういうこと?ないってどういうこと?

「なんでないんですか!?」
「だから何が!」

あってくれなきゃ…寄生しててくれなきゃ困る。
だってエイリアンのせいじゃないってことでしょ?土方さんが結婚したことは事実ってことでしょう?

「っ…そんなの信じない!」
「おい紅涙、何が……っ、ぐぇっ…」

私は土方さんの上から手を伸ばし、携帯を取った。通話は切れていたから、リダイヤルして掛け直す。

『もしもーし』
「ない!なかったよ、銀さん!」
『ったく。何なんだよ、何がないって?』
「本体っ!どこにもっ…付いてないの…!」

報告すると泣けてきた。
これが現実だと受け止めなければいけない焦り、困惑、悲しみが頭の中でグチャグチャに混じりあっている。

『本体ィィ~?何の本体だ』
「土方さんのっ!」
『あん?…ああまさかお前、あの時のエイリアン探してんのか』
「それしかないじゃん!…っ…ないよぉぉっ…、」

嫌だ、絶対に嫌。なんで土方さんは結婚してるの?私は何だったの?私のこと…っ、…好きじゃなかったの?

『おいおい、いつの話してんだよ。あれは』
「何でっ!?…なんでないのよっ土方さん…、」

手から携帯が滑り落ちる。

「…落ち着け、紅涙。」

呆れたのか困り果てたのか、土方さんは溜め息を吐いた後、私をなだめるように声を掛けた。

「何の話をしてるんだ?俺がどうしたって?」

手を伸ばし、そっと私の頬に触れる。

「ぅぅっ…っ、」
「泣くな。ほら、話してみろ。」

どうして…、…どうしてこんなことになったんだろう。
出張なんか行かなきゃよかった。そしたらこんな思いしなくて済んだし、こんなクリスマスを過ごさず済んだのに……

「っ…、」
「…紅涙、」

明日からどう過ごせばいい?
土方さんがいるから毎日頑張れた。でも誰かのものになった土方さんを毎日見るなんて、私……

「っ、土方さんぅぅっ…!」

前屈みになって土方さんの胸に突っ伏した。

「何で私じゃないのよぉっ…!」
「……、」
「こんなっ…こんなに好きなのにぃっ…っ、」
「…、……そうだな。」

どうして…こんなことに……。
泣き腫らす子どものように引きつる息を吸う。その時、

「…!」

また1つ、私は違和感に気付いてしまった。

「…土方さん、」
「ん?」
「土方さん…なんですよね?本物の。」
「当たり前だろ。わけ分かんねェことばっか言うな。」

…だって、土方さんがいつもの土方さんじゃない。

「…しません。」
「?」

土方さんの服に鼻をくっつける。

「おっ、おい、いきなり何して―――」
「煙草の匂いが…しません。」
「!」

愛煙家の土方さんから煙草の匂いがしない。
見れば、いつも山積みになっている煙草の吸い殻も山積みになっていない。というか灰皿自体が見当たらない。なんで…?

「ああ…。…やめたんだよ、煙草。」
「『やめた』…?」

あの土方さんが?

「…身体に良くないって言うだろ?」
「そんなの…今更じゃないですか。」
「俺の話じゃねーよ。」

…なんだろう、胸が騒がしい。何かを先読みしている。

「どう影響出るか分かんねェし…」

こわい…聞きたくない、聞いちゃいけない。

「俺に出来ることは全部…してやりてェと思ってな。アイツと…生まれてくるガキのために。」
「!!」

ああ…嗚呼っ…!

「…っ、」

思わず胸を押さえた。
痛い。穴が空いた気がする。頭と心に、大きな穴が1つずつ。そこから色んなものが流れて…こうしてる間にもどんどん流れ出て……

「……、」

私は、空っぽになる。

「…落ち着いたならどいてくれねェか、紅涙。」
「…、……はい。」

思考はない。それでも、

「…『生まれてくる…ガキ』…、」

脳が先程の言葉を理解しようと、勝手に口を動かせる。

「土方さんの…ガキ……」
「…………そうだ。」
「……そう、」

空っぽの頭で頷く。
子ども。土方さんの……子ども。

「そう…だったんですね…、」

私には、本当にどうしようもないところまで進んでいた。
この2週間で…たった2週間いなかっただけで……この人の中の私は、私達の関係はキレイさっぱり消えた上に、新しい環境を手に入れていた。

「…、…そっか。」

うわ言のように呟く。

「そうなんだ…、…そっか、…、」

何度も何度も呟いて、頷くことしか出来なかった。

にいどめ