Silent Night7

ふたり

「近藤さん、ちょっといいか?」

土方さんが局長室の前で声を掛ける。
中から近藤さんの声がして、私達は二人で中へ入った。

「なんだトシ、まだ残ってたのか。」
「今日は帰らねェよ。」
「そりゃまたなんで……、…まさか、」

近藤さんの視線が私を捉える。そしてその視線を少し下げた。そこにあるのは、

「…まさかトシ、」
「…。」

私と手を繋いだ、土方さんの手。

「いやいや……それはマズイだろ。」
「……。」
「そうしたくなる気持ちは分かる。だが今のお前には家族があってだな…、」
「俺のことより紅涙の話を聞いてやってくれ。」
「トシ…」
「紅涙、話してみろ。」
「……はい。」
「何だ、何かあったのか?」
「……実は…、」

私の中にある5年間のズレを近藤さんに話した。
やはり近藤さんも土方さんと同じで、5年先へ進んでいる。…いや、こうなったら私だけが5年遅れているとしか考えられない。

「一体どういうことだ…?」
「私にも分かりません…。」
「俺は向こうで何かあったと思ってる。ここを出る時には問題なかったんだからな。」
「紅涙ちゃんに思い当たることはないのか?どこかで頭を打ったとか、頭が痛いとか。」
「いえ、…特には。」
「そうか……、」

近藤さんはとても信じられない様子だったけど、私自身も困惑している状況を見て一生懸命に解決の糸口を探してくれた。

「…すみません、ご迷惑ばかりかけて。」
「気にしないでくれ。まさかそんなことになっていたとは思いもしなかったよ。とりあえず明日にでも一度病院で診てもらうといい。」
「病院……、」

医者に話しても、きっと同じような顔をされるだけだと思う。せめてどこかが痛ければ、結果のある診察になるかもしれないけど…身体は至って健康みたいだし。

「トシ、明日の病院には付き添って―――」
「結構です。」
「紅涙ちゃん…」
「…なに言ってんだ、お前。」
「疲れてるだけなのかもしれません。」

私は苦笑して、

「しばらく様子を見ます。もしかしたら明日には治ってるかも。」

軽く笑って頭を下げた。
二人のおかげで、私だけがおかしいことは分かった。なら、私が合わせればいい。明日目が覚めた瞬間から、5年先の私として生きていけばいいだけの話だ。

「ということなので、私は部屋に戻りますね。」
「えっ、」
「…おい紅涙、」
「近藤さん、帰り際にありがとうございました。土方さんも今日は帰ってください。すみませんでした。」

繋いでいた手を放す。けれど、

「帰らねェって言っただろうが。」

土方さんは繋ぎなおした。

「俺はお前といる。そう言っただろ。」
「……、」
「お前を一人にしない。」
「…。」

胸が痛い。いろんな想いがよぎって、苦しい。

「……もしかしたらなんだが、」

近藤さんは顎ヒゲを触りながら口を開いた。

「またアレが蔓延し始めているんじゃないか?」
「『アレ』?」
「…寄生型エイリアン、ですか?」
「そうそれ!紅涙ちゃんの状況、初期の万事屋の状態とそっくりな気がするんだよな。」
「……それについてだが、」

土方さんが私を見る。私は頷いて、近藤さんに答えた。

「もう電話して聞いたんです、銀さんに。」
「そうだったのか!?…で、アイツは何と?」
「当時のことを聞いて、土方さんを調べてみたんですけど…寄生されているような症状は確認できなくて。」
「おそらく近藤さんにもないだろうな。」
「…そうですね。土方さんとも話が噛み合ってますし。」
「そうか…。なら紅涙ちゃんの状況はどうだったんだ?」
「え、私の…状況?」
「万事屋と似ていたか、確かめてみたかい?」
「い…え……要点くらいしか。」

言われてみれば…自分のことは詳しく聞いていない。

「なら聞いてごらん。紅涙ちゃんの状況から裏付けられることもあるかもしれない。アレも一応寄生されていたからな。」
「えっ、そうなんですか!?」
「ああ。俺やトシ達と違って、寄生されてもいつも通りだったが。」
「良くも悪くも成長しねェからな。何年後であろうとアイツはアイツのままなんだよ。」
「で、でも新聞記事のインタビューで『江戸唯一の未感染者』って…」
「ハハッ、そりゃ嘘だな。」
「どうせ報酬狙いで受けて、適当なこと言ってんだろうよ。…ったく、ろくな人間じゃねーな。」
「ちょっ、…えぇェェ~!?」

唯一の理解者だと思ってたのに…。

「まァトシが言うように、万事屋は金のために嘘を吐いたと考えるのが妥当だが、もしかすると寄生されたまま答えていたという可能性もある。」
「えっ…つ、つまり寄生されたままインタビューを受けていた…と?」
「ああ。そして今も寄生されたまま生活を……」
「近藤さん、そりゃさすがに無理がある。あれは5年前の話だ。さすがのエイリアンも抜けてるはずだ。つーか、見限られるだろ。」
「だが有り得る話だと思わないか?ヤツの寄生うんぬんについては、こっちから一度も聞いてねェし。」
「……、」

確かに、絶対ないとは言いきれない。けれど土方さんが言うように、確率としてはかなり低い気もする。

「仮に銀さんが今も寄生されているとしたら、どんな状態なんでしょうね。頭の中とか…身体とか。」
「だから何も変わらねェって。成長しねェんだから。」
「うーん…」
「いやそれが良かったんだよ、紅涙ちゃん。成長が止まっていれば、時間も止まっているはず。」
「!」

成長しなければ、時間も…止まる?
もしかして、私も……

「万事屋は俺達より5年前のことを詳しく話せるはずだ。幸運なことに、寄生型エイリアンは生体を乗っ取っても保身する傾向は強くなかった。こちらから詳しく聞けば、聞いた分だけ話してくれるんじゃないか?」
「…、」
「…賭けよう、紅涙。」

考え込む私に土方さんが言う。

「お前がそうなっているのはエイリアンのせいかもしれないし、もしかしたら俺達の方がまた寄生されているのかもしれねェ。」
「それは…ない気がしますけど。」
「だとしても情報は多い方がいい。聞いて損は無い。…だろ?」
「…そうですね。」

知るのはちょっと怖い、けど……。

「電話してみます、明日。」
「今だ。」
「え…」
「今かけろ。」
「で、でももう遅いですし……」

局長室の時計を見る。
20時。おそらく多くの家でクリスマスパーティーを楽しんでいる時間だ。

「…今日はお開きにしませんか?二人は早く家へ――」
「しつこい。近藤さん、」
「ん?」
「引き留めて悪かったな。屯所の鍵は預かっておく。アンタは帰ってくれ。」
「土方さん…、」
「……トシ、本当に帰らない気か?」
「帰らない。」
「…………そうか。」

近藤さんが屯所の鍵を取り出す。それを土方さんに差し出すと、手渡す前に念を押しした。

「何人悲しませるかはお前次第だぞ。それでも貫き通すなら、護りたいものだけを見つめておけ。」
「…わかってる。」

鍵を受け取った。土方さんはギュッと握りしめ、ポケットにしまう。

「……それじゃあ紅涙ちゃん、俺は先に帰るよ。」
「はい、ありがとうございました。」
「また明日、話を聞かせてくれ。じゃあお先。」
「お疲れ様でした。」
「お疲れ。」

近藤さんが局長室を後にする。
私と土方さんだけになった部屋はとても静かで、気を抜いたら息遣いまで届いてしまいそうだった。

「……土方さんも」
「だからしつこい。」
「まだ何も言ってないのに。」
「お前の言いそうなことは分かんだよ。とっとと万事屋に電話しろ。」
「……わかりました。」

この先、私達の関係はどうなっていくのだろう。
いくら想い合っても以前のようには進まないし、一緒になるには色々と解決しなければならない問題もある。それはあまりにも険しく…息苦しく……つらいことなのに。

―――プルル…プルル…

コール音を聞きながら、ぼんやりそんなことを考えた。

「…出ねェのか?」
「そうですね、なかなか…。」
―――プルル…プルル…
「きっとクリスマスパーティーしてるんですよ。」
「アイツにそんな余裕ねェだろ。」
「じゃあ仕事かも。前にサンタ役を頼まれてるって言ってましたし…。」
「チッ、つかえねェ野郎だな。紅涙、もういい。切れ。」

電話を切る。
すると土方さんは「行くぞ」と立ち上がった。

「え!?どっどこに…」
「探しに行く。」
「ええェェ!?」

無理があるでしょ!

「あてもなく捜し回る気ですか!?」
「歌舞伎町で聞き込みすれば、そこそこの情報は得られる。信ぴょう性の高いものから潰していけば、いずれ掴まるだろ。言っても狭いからな、歌舞伎町は。」
「だとしても……」
「行くぞ。」

土方さんは私の手を引いて外へ出た。

「あのっ…やっぱり明日にしませんか?」
「ダメだ。」
「銀さんだって仕事してるとは限りませんし、」
「最終的には万事屋へ行く。」

そう話しながら足早に歩き、歌舞伎町を目指す。

「べつに焦らなくてもいいじゃないですか。」
「今日じゃねェとダメだ。」
「…私はもうどこにも行きませんよ?だから明日以降でも……、」
「…。」

ピタッと足を止めた。

「…お前が、」
「?」
「お前が…楽しくねェだろ。」

私…?

「せっかく…5年ぶりのクリスマスなのによ。」

……ああ、そうか。
土方さんは気兼ねなく私がクリスマスの夜を過ごせるように動いてくれていたのか。

「土方さん…、」

いいのかな…。私、このまま土方さんの想いに寄り添っていいのかな…。

「屯所に戻ったら、紅涙が買ってきてくれたケーキでクリスマスしよう。」
「……、……はい。」

まだどうなるかは分からない。
私のことも、私達のことも、進むかどうかすら分からない。
なら今は……この瞬間は、はいと答えることを許してほしい。まだ何も変わっていないままの私達だと思っていたいから……もう少しだけ、

もう少しだけ、あの日の2人でいさせて。

にいどめ