出逢い
―――ドンッ
「きゃっ!」
「ぅおっ!!」
人の出入りが多い街、江戸。ターミナルはもちろんだが、駅も人の数が半端じゃない。
その時の俺は出張帰りで、電車での眠りを引きづっていたせいか、気の抜けた歩き方をしていた。
にもかかわらず、遅いヤツを追い抜かそうなんてしたもんだから、傍を歩いていた女に思いきりぶつかった。その拍子に女の手からカバンが落ちる。
「悪ィ!」
すぐに拾い上げ、渡す。が、女はなぜか俺の方を見ておらず、線路の方を指差して叫び声を上げた。
「あァァッ!!!」
「なッ…」
なんだコイツ……。
「あれっ…!」
「?」
女が涙目で指をさし続けている。
何だ、何がある?
女の指先を辿る。封筒がヒラリと舞っていた。そこへ電車が――
「あァァァァ!!!」
「……。」
二度目の絶叫が響く。
嘘だろ、まさかあの空を舞っていた封筒……
「あれ……お前のか?」
俺がぶつかったせいで飛んでっちまったもんか…?
気まずく思いつつ尋ねれば、女は口をギュッと閉じて頷いた。マジか…。
「あれ…、私の内定書…」
「どえェェェ!?マジかよ!!」
「どうしよ……っ…ぅぅ…っ」
人が行き交うホームで、女は両手で顔を覆った。今にも泣き崩れそうな姿を前に、隊服の俺へ向けられる周囲の視線は恐ろしく厳しい。
「わ、分かった。俺がその会社に連絡して事情を説明する。」
「え…?でも…こんなこと、会社に言ったって…っ」
「向こうだって分かってくれるだろ。心配すんな。」
「…そうだとしても、きっと変なレッテルを張られて…っ、入社しても働き辛くなって…っ!」
考えすぎだ…。
「心配ねェって。」
「っ、他人事だから簡単に言えるんです!私、あの会社一本で頑張ってきたのにっ、一体これからどうすれば…っ」
あー…ったく、何てことをしちまったんだ。
…仕方ねェ。コイツが納得するかは分からねェが、俺の力でどうこう出来る就職先を紹介しよう。
「…わかった、何とかしてやる。」
「だからもうその会社にはっ…」
「違う。俺がお前の就職先を面倒見てやるよ。…泣くな。」
今思えば、よくもまァ近藤さんに確認も取らず、職場を私物化するような発言をしたなと思う。もしこれが山崎で、勝手に『就職させてやる』なんて外で約束してきた日には庭に埋めて罰してる。
…だがその時の俺は、周囲の視線と女の涙と、
「っ!ほ、ほんとですか!?」
俺の言葉を聞いて驚き、
「ありがとうございます!!」
頬を染めて笑った女の…紅涙の顔に、時が止まっちまったんだ。絶対、就職先を用意してやらねェとって思った。
…一目惚れなんてガラじゃねェのは分かってる。そんなもんも信じちゃいねェ。けど…その瞬間に惚れちまったんだから……仕方がねェだろ?
それからの俺は、真選組に戻り次第すぐに近藤さんを説得した。といっても近藤さんは「花があっていい!」と喜んで、説得するまでもなかったが。
話はトントン拍子に進み、紅涙を俺の補佐に就けた。四六時中、俺の仕事を手伝う仕事だ。
…べ、べつに、惚れた腫れたとは関係なく、補佐とはそういうもんだからな。
だがまァ…四六時中、一緒に過ごしてりゃあ仲が良くなるのも早くて。俺達が付き合い出すのに時間は掛からなかった。
ああそう言えば、あの日のことはよく覚えてるな。
いつかの夕方だ。マヨネーズが切れたからって、市中見廻りの帰りに二人で買い物へ行った時…
「土方さん、これほんとに二日で食べきるんですか?」
俺の両手にある買い物袋に紅涙が苦笑して、
「一日でも食える量だ。」
「えぇ!?コレステロールの塊になりますよ。」
紅涙が紅い夕陽の光を受けながら、くすくす笑う。一つの買い物は半分ずつ持って、どちらが重いだの言いながら帰った。
口にしちまえば、なんてことのない日常の記憶でしかない。それでも今の俺には…思わず顔が緩むほど温かい記憶の断片だ。
「思い返すとキリがねェな…。」
小さな時間ほど、胸が締め付けられるほどに愛しい。
とりとめのない当たり前の時間が、今はただ…、ただただ、愛しい。
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