桜の花
屯所の入り口で煙草を吸いながら、俺は紅涙を待った。しばらくして大きなカバンを手に出て来た紅涙が驚く。
「土方さん…どうして…」
「見送るために決まってんだろ。」
俺は紅涙の荷物を奪い取るように持ち、「行くぞ」と踏み出した。
「参ったな…。」
紅涙が苦笑まじりに呟く。
「見送りなんて…期待してなかったのに…。」
「……、」
今にも泣き出しちまいそうな声に、足が止まった。
「……俺をなんだと思ってんだよ。」
紅涙に背を向けたまま、一言呟く。
お前の直属の上司だぞ?
お前の…、…お前のことが好きな野郎なんだから、
「見送るに決まってんだろ。」
見送るに、決まってるだろうが。
「…っ、…はい。」
「……行くぞ。」
俺は振り返らないまま足を進めた。
今の紅涙を見てはいけない。
見たらきっと、お前の気持ちも、俺自身の気持ちも揺らいで…いつかあれで良かったのかと思う日が来てしまうかもしれない。
だから、俺は振り返らない。
「……。」
「…ありがとうございました。」
あっという間に駅に着き、紅涙は俺から荷物を受け取って頭を下げる。
「…おう。」
短く返事して、口をモゴつかせた。
何か言葉を探してみるが、あいにく元々の口下手。適当な会話すら見つからない。
紅涙はいつになく優しい顔で、…いや、悲しい顔だったのか、
「少しの間…、」
俺の目を見て、微笑む。
「少しの間…行ってきます。」
「……ああ。」
何か言いたくて、何かを考えれば、喉がギュッと痛む。いよいよ視界までボヤけてきた。
…ああ、ヤベェ。
俺は小さく息を吸って、上を見る。するとそこには、
「綺麗ですね…、…桜。」
無数の桜の花びらが、風に流されて舞っていた。まるで、はらはらと泣くように、無数の花が散っている。
「それじゃあ…」
紅涙の声がする。
だが一度見上げた俺は、もう紅涙の顔を見れなかった。
「行ってきます…。」
「……おう。」
桜を仰ぎ見たまま返事をして、立ち去る足音を聞く。少しずつ遠くへ、遠くへと、足音は消えていった。
「……。」
悲しい。
人と別れるのは、こんなにも悲しいものだったのか。
一生の別れじゃない。ただ一時、離れるだけの話なのに…
「ッくそ、」
こんなにも…つらいものだったのか。
「紅涙ッ!!」
既に改札の前まで歩き進めていた紅涙がこちらを振り返る。
俺は桜の木の下で、馬鹿みたいに大声で叫んだ。
「気をつけんだぞッ!」
紅涙が目を丸くする。
しかしその顔はすぐに歪み、口をギュッと閉じて涙を流した。
俺には見える。アイツの、大粒の涙が。
「ッ、はいっ…!行ってきますッ…!」
肩を震わせ、必死に頷いている。
俺も頷き返して、鼻をすすった。そこで初めて、自分も泣いていたことに気が付いた。
「ッ…もういい。」
みっともなくてもいい。何でもいい。
紅涙は乱暴に涙を拭いて頭を下げた。背を向けて、改札を通って行く。その先は人混みに紛れて、見えなくなった。
「…行っちまった。」
ここから離れた、遠い場所へ。
…すぐ帰ってくるよな?帰って…くるんだろうか。
保障なんて、何もない。
「…っ、絶対、帰って来いよ。」
俺の言葉は、紅涙に届かない。
紅涙…、
「…待ってるからな。」
早く帰って来いよ。
手紙にはあんなこと書いちまったが、たとえ明日泣いて帰って来ても、屯所のヤツらが馬鹿にするなら俺がお前を護ってやるから。
安心して帰って来い。
そしてまた、俺の副長補佐をしろ。
また…俺の傍にいてくれ。
紅涙…、
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