その人のために+埋められない距離
いくら斬りかかっても、向こうの頭数は一向に減らない気がした。確実に斬り倒しているはずなのに、永遠に湧いてくる。
「くっ…、」
キツい。いつまで続くの?もしかしたら増援まで持たないかも……
「ッ、」
いや、持たせなきゃ。
弱気になる心を、刀と共に強く握り込んで潰した。…その時、
―――ドシャッ
「!?」
背後で音がする。
斬りかかりながらも姿勢を変え、視線の端で捉えた。
「っ!!」
土方さんが地面に倒れている。
「土方さんッ!!!」
眼前の敵を蹴散らし、すぐさま駆け寄った。
「大丈夫ですか!?立てますか!?」
「っ…、」
身体を起こす。出血が酷い。どうやら脛を斬られてしまったらしく、バランスを崩して倒れたようだ。この状態で一斉に攻め込まれたら……言わずもがな、一溜まりもない。
「立って、土方さん!」
無理は重々承知している。それでも、
「一旦引きましょう!私が食い止めておきますから、土方さんは向こうへ!」
「っ、何…っ、言ってやがる!」
土方さんはまるで棒のように動かない片足を地面に滑らせ、身体をふらつかせながら立ち上がった。
「テメェだけに…ッ、任せられるかッ!」
私を睨みつけるその目は鋭い。
…うん、まだ大丈夫。
「行ってください!今の土方さんがいても、餌が転がってるだけです!」
「くッ…、言ってくれるじゃねェか…っ。」
吐き捨てるように笑い、コンテナに手をつく。ズルズルと足を引きりながら、この場から遠ざかるように歩き始めた。
「逃がすな!必ず仕留めろ!」
向こうも当然、土方さんを見過ごさない。私は土方さんの背後に付き、降り掛かる火の粉を払う。幸いなことに、今のところ前方から狙ってくる者はいない。乱雑なコンテナの並び方が功を奏して、向こうもなかなか回り込めないようだ。
「紅涙ッ、テメェも来い…ッ!」
「すぐ行きます!」
ある程度進むと、土方さんが私を気にかける。
私は土方さんの安全を優先し、必要最低限の敵だけを相手にしながら徐々に後退した。
今はかろうじて護りきれている。
もう少ししたら、斬るより撒くことに専念したい。皆が来るまでどこかで身を潜めれば、やり過ごせるはず……。
そんな理想が頭をよぎる。
けれど、あくまで理想。あの人数を相手にやり過ごすなど不可能に近い。現に土方さんの歩いた道には血の跡も付いていて、いくらでも後を追える状態だ。
<
ならばどうすればいい?
どうやってこの状況を打破する?せめて増援まで堪えられる良い案があれば……
「あ…。」
都合の良い解決策があるじゃないか。
どうして忘れていたんだろう。今の私には…
「…時間がある。」
時間を戻すという、とっておきの策がある。
「…あァ?なんだ。」
「いえ…、…土方さんはとっとと足を動かしてください。」
「チッ、生意気言いやがって…ッ覚えてろよ。」
足を引きずりながら歩く土方さんの背を見つつ、私はどのタイミングに戻りたいと願うか考えた。
根本的にこの争いが起こる原因そのものを取り除くのが一番いい手段なのだろうけど、それは限りなく難しい。私が原因を知らないというのもあるけど、知って何かを変えられたとしても、結局今回の騒動は起こる。時間は簡単に戻せても、出来事の流れがそう簡単に変えられないことを私は知っている。
…じゃあ、いつがいいのか。
「足を…斬られる前?」
あの瞬間を助けられれば、事態は今よりマシになる気がする。
「…っ、そこにしよう。」
迷っている時間はない。
残り回数はまだ4回もある。最後じゃないんだから、やるだけやってみよう。
「…大丈夫か?」
土方さんが不思議そうにこちらを見ていた。
「さっきからブツブツ言ってるが……お前は先に戻ってろよ。俺は一人でも問題な――」
「大丈夫ですよ。」
「…。」
顔を半分だけ土方さんの方に向け、笑みを浮かべて頷いた。
「もう、大丈夫です。」
「あァ…?…何が。」
「もう怪我なんてさせませんよ。」
「?…何言って……」
「大丈夫。」
襲いかかってくる敵を斬りながら、
「全部、私に任せてください!」
今まで一番、頼もしいことを言った。
「…紅涙、お前一体何考えてんだ?」
聞こえてきた不審な声に小さく笑う。
「私、…土方さん達に何があったのかは知りませんけど、」
「…あァ?」
「土方さんは今……こんなところに…っ、いてはいけない人なんです。」
「…どういう意味だ?」
「あなたは…、…あなたはミツバさんの傍に…っいなきゃいけない!」
「!……紅涙…、」
私は土方さんが好き。
だから心の底では、行ってほしくないと思っている。
…でも、それはずっとずっと心の奥深くにある気持ちで、子どものように自分勝手なだけの気持ち。
私は、私が好きな人に幸せになってほしい。
土方さんに想い人がいるなら…伝えに行ってほしい。互いに想い合っているのなら……想い合ってほしい。
大好きな人の悲しい顔は見たくはない。
出来ることを我慢して、諦めて、暗い顔をする日々なんて過ごしてほしくない。
好きだからこそ…、
土方さんが今まで見てみぬふりをしてきた幸せを、今度こそ、その手に掴んでほしい。……そう思う。
「次は…ちゃんと護ります。」
私がしてあげられることは、これしかない。
戻したい時間の直前を強く思い描き、目を閉じた。その直後、
「っ、待て紅涙!やめ――」
妙に慌てる土方さんの声が耳に入る。
けれど不思議に思った頃には声が途切れ、無の中にいた。
「…、」
ゆっくりと耳に音が戻ってくる。
風の音、野蛮な声、刀が擦れる金属音。
時間は戻った。そう確信して目を開けた。…なのに、
「……、…え?」
目の前で、ボロボロの土方さんが私に背を向けて立っていた。まるで、私を護るように。
「どう…いう…こと?」
こんなこと、過去にあった?
考え込んで視線を落とす。その先の光景に、息が止まった。
土方さんの片脚の脛から出た血が、小さな血溜りを作っている。
「なん…で……?」
戻ってない…。
「どうして…っ、」
時間、戻ってない!
どうして?どうして時間戻ってないの!?これまで戻らなかったことなんてなかった。なのにどうして…っ、
「っ。」
二の腕を確認する。
「3…っ、…。」
減っている。使っている。なのに…どうして?
―――ガツンガツン…
「!?」
コンテナの上から音がした。
すぐさま音の出処を探す。周囲のコンテナに一人、いや、そこら中のコンテナに、こちらを狙う男達がいた。
「くっ…、」
いつの間にか囲まれている。
その上、相手方の手にある武器が変わっていた。刀だけでなく、様々な形態の銃を手に、ニヤニヤと立っている。しかしなぜか、動かない。
「…?」
何を考えている…?
眉を寄せた時に、
「…。」
おもむろに、土方さんが足を踏み出す。
「っ土方さん!」
慌てて手を伸ばすと、
「残念です。」
「ッ!?」
男の声がした。
「ミツバも悲しむでしょう。古い友人を亡くす事になるとは。」
向かいのコンテナに、黒い羽織を着た着物姿の男が立っている。見たところ、どうやら頭のようだ。
けれど『ミツバ』と呼び捨てにしていた。まさかとは思うけれど……あの男がミツバさんの婚約者?
「あなた達とは仲良くやっていきたかったのですよ。あの真選組の後ろ盾を得られれば自由に商いが出来るというもの。」
淡々と話す様は異質だった。
嫌味に微笑むこともなければ、怒りに顔を歪めることもない。感情が読めない…いや、感情のない男。
「土方さん、あの男は……」
「ハナから俺達を抱き込むために、アイツを利用するつもりだったのかよ。」
コンテナを見上げる。後ろ姿からでも分かるほど、息が上がり始めていた。怪我のせいだろう。
けれど男はそんな姿の土方さんを見ながらも、優越感に浸ることすらなく、
「愛していましたよ。商人は利を生むものを愛でるものです。ただし…、」
気持ち悪いほど無表情で、
「道具としてですが。」
さも当然のように言った。
「あのような欠陥品に人並みの幸せを与えてやったんです。感謝してほしい位ですよ。」
…これは……酷い。この男、根から腐っている。
こんな人間に土方さんが手を汚す必要はない。私が殺る。刀を握り締めた時、
―――カサッ…
土方さんが煙草を取り出した。血を失い過ぎているせいか、小刻みに手を震わせながら火をつける。
「…クク、」
白い煙を吐きながら、咥える煙草を指に挟んで小さく笑った。
「外道とはいわねェよ。俺も、似たようなもんだ。…ひでー事、腐る程やってきた。」
「同じ穴のムジナという奴ですか。鬼の副長とはよくいったものです。あなたとは気が合いそうだ。」
「そんな大層なもんじゃねーよ。」
…私は、
「俺ァ、ただ…」
私は、いつか私でも、土方さんの隣に並び、
これまで避けてきた幸せというものをこの人と分かち合える存在になれるかもしれないと…思っていた。でも今は、
「惚れた女にゃ、幸せになってほしいだけだ。」
少しでもそんな風に考えていた自分が浅ましく、滑稽で…情けない。
「こんな所で刀振り回してる俺にゃ無理な話だが、」
土方さんは、血が流れ続ける足で真っ直ぐに立ち、刀を構える。今の今まで庇っていたのが嘘のように。
「…どっかで普通の野郎と所帯もって、普通にガキ産んで、普通に生きてってほしいだけだ。」
…ミツバさん、届いてますか。
「ただ、そんだけだ。」
私は……あなたが羨ましい。
この人に、ここまで想われているミツバさんが羨ましい。
離れていても、どれだけ時間が経っても、土方さんの中にミツバさんはいた。ずっと、……ずっと。
「…、」
こうして今私に向ける背も、私を護るためじゃない。土方さんは、ミツバさんのために立っている。
「…。」
胸が痛い。
色んな感情が一斉に叫んで、苦しい。
…でも。
「かっこいいなぁ…もう。」