使うのは今+温もりと疑問
「え?」
「今お話しした以上の変更は出来ません。」
医師が首を左右に振る。
どうにか手順を変えてくれと頼んだけれど、早くも出来ない状況にあるそうだ。
「そんな…」
「現在は急を要する状態なんです。どのようなお考えで仰っているのか存じ上げませんが、過度に変更しては患者様の寿命を縮めるだけです。」
「っ…。」
生きてほしい…だけなのに。
生きてミツバさんと土方さんが、心からの本音を…一緒の時間を、過ごしてほしいだけなのに。
「お願いしますっ!」
「そう言われましても…。」
「私に出来ることがあれば何でもします!だからっ」
「そういう問題ではなくてですね、」
―――バタバタバタッ
「あ、いた!早雨さん!!」
「!」
ドキッとして、顔を上げる。息を切らした山崎さんが立っていた。
「もう!こんなところで何やってんの!?」
「え…、えっと…、…、」
「まァいいや!それより副長が大変なんだよ!」
「っえ!?」
「単身で攘夷浪士のところへ殴り込みに行っちゃって――」
話を聞けば、埠頭での出来事だった。
これまでは私から山崎さんに電話をして向かっていたけど、今回は医師に頼む時間が長引いたせいで、向こうの側の状況が進展してしまったらしい。
「局長には既に伝えて走ってもらってるから、早雨さんも来て!」
「で、でも…」
まだミツバさんの件が……
「何!?早く行かないと本気で副長がヤバいよ!?」
「……わかりました。」
医師から新たな案を聞けないまま、私は山崎さんと共に港へ急ぐ。現場で近藤さん達と合流して、
―――ドォォォンッ
「いけェェェェ!!」
突入した。
私がいなくても土方さんは足を負傷していたし、
―――ドゴォォンッッ!!
「!?」
流れ弾はドラム缶を撃ち抜いて爆発する。
爆風に舞う土方さんのジャケットを見るのも、これで3度目。
気が狂いそうになるほど人を斬り、痛みを負い、炎上する車の傍で苦い表情の二人を見る。
「…土方さん、」
「沖田隊長!!」
ほとんどが同じことの繰り返しだった。
まるで変わらないことを…変えられないことを見せつけられているみたいに。
一体どうすればいいんだろう。
いつまでも考えるばかりで、答えが見つからない。たどり着かない。
どうすれば助けられるんだろう。ミツバさんを……
「近藤さんは何だって?」
この人を。
「…『安全運転を心掛けるように』と。」
「ふーん。」
「…。」
…やっぱり、無理なのかな。
いくらがんばっても、変えられないのかもしれない。
私では……力不足なのだろう。私じゃなければ、もしかしたら変えられていた可能性も……
「…、」
「…どうした?」
後部座席から土方さんが話す。
「傷が痛ェのか?運転できないなら俺が」
「あっ…、…いえ、大丈夫です。」
ハンドルを握り、
「じゃあ出発しますね。」
「…ああ。」
発進させた。近藤さん達の車の後に続く。
「…、」
「…。」
車内はやはり静かだった。
このまま会話しなければ、おそらくこれまで通り一言も話さないまま病院に着く。…でも、
「…土方さん、」
今回は、私から話した。
これからまた、土方さんを悲しませてしまうと思うと…
「…すみません。」
謝らずには、いられなかった。
「…何の話だ。」
「私が…無能なばかりに……土方さんに…ご迷惑を…。」
「だから何の話だよ。」
ちらりとルームミラーを見る。
眉間に皺を寄せた土方さんと目が合った。
「……、」
「ちゃんと話せ。」
「…。」
…私、
「……土方さんに…幸せになってもらいたいんです。」
「あァん?」
「そのために…出来ることをしようって…、…私なりに頑張ったんですけど……ダメで…。」
「…、」
どうせ、この会話もなかったことになる。
きっと病院に着いたら同じ結果が待っていて、また…やり直すことになる。だから……いい。
「ミツバさんには…どうしても生きてほしいのに…っ、」
「……なんでそいつが出てくるんだよ。」
運転しながら、私は首を左右に振った。
「少し前から…薄々気付いてます。」
「…。」
今さら隠さなくていい。
…いや、もう向き合っていい。
今まで見て見ぬふりをして過ごしてきた気持ちを、ちゃんと見てほしい。
「……私は、二人に何があったかまでは知りません。けど…」
信号が赤になった。
ブレーキを踏み、ハンドルを握り締める。強く、
「土方さんの人生に……必要な人だということくらいは、分かってます。」
爪がハンドルに食い込む。音を立てそうなくらい強く握った。ルームミラーは…見れなかった。
「だからどうしても…ミツバさんには生きてもらいたくて…、…。」
…たぶん私は、幸せな二人を見たら見たで…傷つく。
けれどミツバさんがいなくなっても、土方さんの心には一生、ミツバさんが住み続ける。それは大きな穴となり、誰にも埋められない、塗り替えることも、消すことも出来ない存在となり、あり続ける。
だったら私は、…私が傷つく方を選びたい。
幸せな土方さんを見て、私が傷つく方を。
「何度も…、…可能性を…探ったんです。でも……ダメで…ッ…、」
「…紅涙、」
「ごめんなさいっ…、」
…好きです、土方さん。
私、…本当に好きなんですよ。…好きだからこそ、
「幸せにっ…なってほしいのに…っ。」
あなたの心を、護りたい。
今の私なら、大きな穴を空けずに済む道を、まだ見つけてあげられるかもしれないと…思っていたから。
「……紅涙、」
「ごめんなさいっ…!」
頭の中に、何度も見てきた土方さんの背中が再生される。病院の屋上で、一人悲しみを耐える土方さんの姿が。
「っ…」
滲む視界に目を擦った。信号が青に変わる、その時、
「…次の信号を左に曲がれ。」
「え…?」
土方さんが告げる。
「たばこ屋がある。前に停めろ。」
「…でも近藤さん達が…」
「どうせ行き先は分かってんだろ?」
病院へ向かうことは伝えていない。なのに今の口振り。…やはり、土方さんも覚悟の上でいる。
「……わかりました。」
言われた信号で左折し、たばこ屋の前に停める。
「買ってきます。」
「…いい、俺が行く。」
「だけど足が」
「いいって言ってんだろ。警察車両で駐禁切られてェのか?」
「…、…わかりました。」
土方さんが車を降りた。
平然を装っているつもりだろうけど、足を庇っているのが分かる。いつもよりゆっくりではあるものの、煙草を買い、車へ戻ってきた…が。
―――ガチャッ…
「え?」