時間数字13

使うのは今+温もりと疑問

「ありません。」
「え?」
「今お話しした以上の変更は出来ません。」

医師が首を左右に振る。
どうにか手順を変えてくれと頼んだけれど、早くも出来ない状況にあるそうだ。

「そんな…」
「現在は急を要する状態なんです。どのようなお考えで仰っているのか存じ上げませんが、過度に変更しては患者様の寿命を縮めるだけです。」
「っ…。」

生きてほしい…だけなのに。
生きてミツバさんと土方さんが、心からの本音を…一緒の時間を、過ごしてほしいだけなのに。

「お願いしますっ!」
「そう言われましても…。」
「私に出来ることがあれば何でもします!だからっ」
「そういう問題ではなくてですね、」
―――バタバタバタッ
「あ、いた!早雨さん!!」
「!」

ドキッとして、顔を上げる。息を切らした山崎さんが立っていた。

「もう!こんなところで何やってんの!?」
「え…、えっと…、…、」
「まァいいや!それより副長が大変なんだよ!」
「っえ!?」
「単身で攘夷浪士のところへ殴り込みに行っちゃって――」

話を聞けば、埠頭での出来事だった。
これまでは私から山崎さんに電話をして向かっていたけど、今回は医師に頼む時間が長引いたせいで、向こうの側の状況が進展してしまったらしい。

「局長には既に伝えて走ってもらってるから、早雨さんも来て!」
「で、でも…」

まだミツバさんの件が……

「何!?早く行かないと本気で副長がヤバいよ!?」
「……わかりました。」

医師から新たな案を聞けないまま、私は山崎さんと共に港へ急ぐ。現場で近藤さん達と合流して、

―――ドォォォンッ
「いけェェェェ!!」

突入した。
私がいなくても土方さんは足を負傷していたし、

―――ドゴォォンッッ!!
「!?」

流れ弾はドラム缶を撃ち抜いて爆発する。
爆風に舞う土方さんのジャケットを見るのも、これで3度目。
気が狂いそうになるほど人を斬り、痛みを負い、炎上する車の傍で苦い表情の二人を見る。

「…土方さん、」
「沖田隊長!!」

ほとんどが同じことの繰り返しだった。
まるで変わらないことを…変えられないことを見せつけられているみたいに。

一体どうすればいいんだろう。
いつまでも考えるばかりで、答えが見つからない。たどり着かない。
どうすれば助けられるんだろう。ミツバさんを……

「近藤さんは何だって?」

この人を。

「…『安全運転を心掛けるように』と。」
「ふーん。」
「…。」

…やっぱり、無理なのかな。
いくらがんばっても、変えられないのかもしれない。
私では……力不足なのだろう。私じゃなければ、もしかしたら変えられていた可能性も……

「…、」
「…どうした?」

後部座席から土方さんが話す。

「傷が痛ェのか?運転できないなら俺が」
「あっ…、…いえ、大丈夫です。」

ハンドルを握り、

「じゃあ出発しますね。」
「…ああ。」

発進させた。近藤さん達の車の後に続く。

「…、」
「…。」

車内はやはり静かだった。
このまま会話しなければ、おそらくこれまで通り一言も話さないまま病院に着く。…でも、

「…土方さん、」

今回は、私から話した。
これからまた、土方さんを悲しませてしまうと思うと…

「…すみません。」

謝らずには、いられなかった。

「…何の話だ。」
「私が…無能なばかりに……土方さんに…ご迷惑を…。」
「だから何の話だよ。」

ちらりとルームミラーを見る。
眉間に皺を寄せた土方さんと目が合った。

「……、」
「ちゃんと話せ。」
「…。」

…私、

「……土方さんに…幸せになってもらいたいんです。」
「あァん?」
「そのために…出来ることをしようって…、…私なりに頑張ったんですけど……ダメで…。」
「…、」

どうせ、この会話もなかったことになる。
きっと病院に着いたら同じ結果が待っていて、また…やり直すことになる。だから……いい。

「ミツバさんには…どうしても生きてほしいのに…っ、」
「……なんでそいつが出てくるんだよ。」

運転しながら、私は首を左右に振った。

「少し前から…薄々気付いてます。」
「…。」

今さら隠さなくていい。
…いや、もう向き合っていい。
今まで見て見ぬふりをして過ごしてきた気持ちを、ちゃんと見てほしい。

「……私は、二人に何があったかまでは知りません。けど…」

信号が赤になった。
ブレーキを踏み、ハンドルを握り締める。強く、

「土方さんの人生に……必要な人だということくらいは、分かってます。」

爪がハンドルに食い込む。音を立てそうなくらい強く握った。ルームミラーは…見れなかった。

「だからどうしても…ミツバさんには生きてもらいたくて…、…。」

…たぶん私は、幸せな二人を見たら見たで…傷つく。
けれどミツバさんがいなくなっても、土方さんの心には一生、ミツバさんが住み続ける。それは大きな穴となり、誰にも埋められない、塗り替えることも、消すことも出来ない存在となり、あり続ける。

だったら私は、…私が傷つく方を選びたい。
幸せな土方さんを見て、私が傷つく方を。

「何度も…、…可能性を…探ったんです。でも……ダメで…ッ…、」
「…紅涙、」
「ごめんなさいっ…、」

…好きです、土方さん。
私、…本当に好きなんですよ。…好きだからこそ、

「幸せにっ…なってほしいのに…っ。」

あなたの心を、護りたい。
今の私なら、大きな穴を空けずに済む道を、まだ見つけてあげられるかもしれないと…思っていたから。

「……紅涙、」
「ごめんなさいっ…!」

頭の中に、何度も見てきた土方さんの背中が再生される。病院の屋上で、一人悲しみを耐える土方さんの姿が。

「っ…」

滲む視界に目を擦った。信号が青に変わる、その時、

「…次の信号を左に曲がれ。」
「え…?」

土方さんが告げる。

「たばこ屋がある。前に停めろ。」
「…でも近藤さん達が…」
「どうせ行き先は分かってんだろ?」

病院へ向かうことは伝えていない。なのに今の口振り。…やはり、土方さんも覚悟の上でいる。

「……わかりました。」

変えてあげたい。解放してあげたい。…あの深い悲しみから。

言われた信号で左折し、たばこ屋の前に停める。

「買ってきます。」
「…いい、俺が行く。」
「だけど足が」
「いいって言ってんだろ。警察車両で駐禁切られてェのか?」
「…、…わかりました。」

土方さんが車を降りた。
平然を装っているつもりだろうけど、足を庇っているのが分かる。いつもよりゆっくりではあるものの、煙草を買い、車へ戻ってきた…が。

―――ガチャッ…
「え?」

助手席のドアを開けて座る。

「…土方さん?」

扉を閉めた。
買ったばかりの煙草を開封し、

「お前に言っておきたいことがある。」

唐突にそう告げる。

「な…何…ですか?」
「俺は不幸じゃねェ。」
「えっ…」

『……土方さんに…幸せになってもらいたいんです』

「っあ、あれはそういうわけじゃなくてっ…!」
「わかってる。」

煙草に火をつけ、窓を開けた。

「…俺は幸せだ。」

窓の外に煙を吐く。その横顔が、

「…、」

私を、苦しくさせた。

「……次で…最後です。」
「あァ?」
「次で…最後ですから。」

戻れるのは、あと1回。

「今回は特に上手くいかなくて…どうせ病院に行っても、結果は同じだと思います。だから、もう使ってもいいですよね。」
「…紅涙?」
「最後はもっと…頑張りますから。」
「おい、」
「待ってて、土方さん。」
「っ、待て紅涙!」

私は目を閉じた。
これまでしてきたように、暗い世界の中で強く願う。

「紅涙!!」

鼻をかすめる、煙草の匂い。

「おい!」
「!」

腕を掴まれ、思わず目を開きそうになった。けれど意識を集中させ、再び願う。

これで最後。これが最後。
私に出来ることを全力でしよう。
―――プツッ…
世界から音が途切れた。土方さんの煙草の匂いも消える。
そして聞こえてくるのは、再開の合図。

「…お前ってやつは。」

…そのはずが、

「……え?」

これまでと…戻った場所が違う?
さっきまでは坂田さんの声で始まった。なのに今回は……

「っ!?」

目を開け、驚いた。
目の前に誰かの顔がある。目を閉じて…いや、その前に唇が…

「…、」

唇が…温かい。
え…?……私、今キスしてる……?

「…。」

唇が離れた。
相手は、

「え…、…、」

土方さんだ。

「どうして…?」

どうして…土方さんと……キス?
それにここ…車?さっきと…同じ?場所は…たばこ屋の前で……

「あ…。」

たばこ屋のおばあさんと目が合った。
…ちょっと待って。これって、また戻れなかったってこと?最後の……1回だったのに…!?

「うそっ…」

回数は!?ひとまず回数を確認しないと…!
私は慌ててジャケットを脱いだ。…いや、脱ごうとした。だけど、

「もういい。」

それを土方さんが止めた。

「もういいんだ。」
「……土方さん?」

どういう…意味?

「車を出してくれ。」
「で…でも先にやりたいことが…」
「いいから。…病院に行け。」
「……、…はい。」

断ることは出来なかった。

私は車を走らせる。
ハンドルを握りながら、ずっと考えた。
どうして…?どうして戻れなかったの?確かに音が途切れて、空気も変わろうとしていた。なのに…

「…、」

そうだ、あの時と同じ。
埠頭で土方さんを護ろうとした、あの時と同じ感じだった。
また、何か条件が整っていなかったのだろうか。
……それすらも分からない。もっとちゃんと発動方法を考えて、はっきりさせた上で使っておくんだった。

「っ…、」

バカだ…私。
最後の1回を…こんな形で失ったなんて……最低だ。

病院に到着し、車を降りる。

「先に行ってろ。」
「…、」

いくらここへ到着するまでの経緯が変わっても、土方さんは一緒に病院へ入ろうとしなかった。

「……わかりました。」

私は一人、集中治療室へ向かう。
これまでと同じ。
でも、歩きながらジャケットを脱ぎ、二の腕までシャツを捲った。そこにある文字は…

「…ない…。」

何もない。何かあったことすら夢のように、跡形もない。

「…そんな……っ、」

やっぱり私は…あんな形で…最後の1回を……。

「っ、」

最悪だ。
最悪だ最悪だ最悪だ…!

案の定、ミツバさんの結果も同じになった。
なのに…もう戻せない。いよいよ時は進んでいく。このまま、どうしようもなく。

「…。」

重い足取りで階段へ向かう。

「おいっ、」

坂田さんの声に顔を上げた。手すりから顔を出して私を呼んでいる。
…同じだ。何もかも、初めと同じ。

「捜してんだろ?」
「…はい。」
「いるぞ、上に。」

何も…変えられなかった。

屋上に出て、土方さんの背中を見つける。柵にもたれかかっていた。

「…何ひとつ…、同じだ…。」
「何と?」

隣で坂田さんが不思議そうな顔をする。

「……上手く行きませんね、人生って。」
「?」

10回もやり直せる機会があったのに、私は何も変えられなかった。誰のためにも……なれなかった。

「最低だ…私。」

情けない。

「…お前、」

坂田さんが、じっと私を見る。

「アレか。」
「…『アレ』?」
「あ~、みなまで言うな。そっかそっか。そういう話なら、大変だったなお前も。」
「?」

私の背中をトントンと慰めるように叩き、

「これ、アイツと食ってこいよ。」

どこからか煎餅袋を取り出す。

「これは…、」
「激辛煎餅。あの女が好きだった煎餅だ。」

まさに今、あそこで土方さんが食べている煎餅。それを1枚じゃなく、まさか袋ごと渡されるなんて。

「…坂田さんも激辛好きなんですね。」
「バカ言うな、俺は甘党だ。けど『美味いから騙されたと思って食ってみろ』って貰ったんだよ。そしたら辛ェの何のって。」
「…、」

差し出された袋を手に取る。
既に開封された袋の中から、香ばしい煎餅の香りと唐辛子の匂いがした。

「お前も食ってみ?」
「…、…それじゃあ、」
「スト~ップ。」

袋から一枚取り出そうとした手を、坂田さんに阻まれる。

「食うのはアイツの隣で。」

アゴで差した。もちろん土方さんを。

「…今は一人にしてあげた方がいいと思いますよ。」
「いや、俺は行った方がいいと思うね。」
「…でもさっきは坂田さんも様子を窺えって…、…あ。」

しまった。

「『さっき』?俺そんなこと言った?」

この話をしたのは、時間を戻す前の坂田さんとだ。私の前にいる坂田さんじゃない。

「っす、すみません…勘違いでした。」
「そ?ならいいけど、」

私の背中を押す。

「とにかく、とっとと行ってこい。」
「だっだけどやっぱり…」
「お前の上司だろ?上司を想うなら、慰めるのも部下の役目だ。」
「…、」

私は…必要だろうか。
土方さんに必要とされているのだろうか。
結果的に何度もミツバさんを死なせ、土方さんを傷つけている私が……隣に立っていいのだろうか。

「お前が行かずに誰が行くんだよ。」
「……、」

そうだ、そんな私だから……行かなきゃいけない。

「…行ってきます。」
「おう。」

激辛煎餅の袋を手に、足を踏み出す。
屋上を吹き抜ける風が、やけに強く感じた。