World Is Yours ! 1

密かな特訓

「おっ沖田君、沖田君!!」

登校してすぐ、紅涙が凄まじい形相で俺の元へ駆けて来た。
…チッ。もう気付いちまったのか。野郎、朝から考えっぱなしってことですかィ?発情期ですかコノヤロー。

「何ですかィ?騒々しィったらねーや。」

俺は腹の底で土方に悪態つきながらも、あくまで冷静に紅涙へ目を向けた。

「ごっごめん!でもあの…っ、あのね、な…何かその……」
「何ですかィ?」
「っ…土方君が変なの!」
「『変』?」
「そう!すごく変!」

必死に頷き、俺へ伝えようとする。そんな紅涙の後ろに、

「おい、紅涙。」
「ひっ…土方君…、」

渦中の野郎が登場した。

「どうしたんだ、急に走って行ったりなんかして。」
「う、うん…、その…ね、ちょっと…用事があって。」
「用事?総悟にか。」
「うん…、…聞きたいことがあって。」
「先に俺に聞けよ。…それとも総悟に言えても俺に言えねェことなのか?」
「なっ何言ってるの土方君!そんなんじゃないよ!」
「どうだかな。」

野郎は相変わらずのふてぶてしい態度で紅涙に背を向ける。なおかつ、そのまま歩いて行きやがった。

「土方君!」

紅涙が呼び止めるも振り向かない。ならばと、紅涙はその背へ駆け寄り、手を伸ばした。
…さあ、ここからが見物だ。

「待って!土方く――」
「わかってるさ、世界で一番のおひめさま。」
「!?」

出やがった。ププッ…ウケる。

「ひ、土方君?あの…」
「お前は俺の嫁だ。」
「えっ…、あ…。」

紅涙は伸ばした手を引っ込め、

「…うん、……。」

真っ赤な顔で小さく頷く。そんな紅涙に見向きもせず、土方は相変わらず背を向けたまま教室に入って行った。
ククク…馬鹿な野郎でさァ。あんな可愛い紅涙を見過ごしやがって。
紅涙がクルッと俺の方へ振り返った。

「ね!?さっきの聞こえたでしょ、沖田君!」

ああ聞きやしたぜ、紅涙。

「土方君、朝からあの調子なの!それも唐突にいつもは言わないことを言ってきて…」
「ほう。」

俺は紅涙に相づちを返しながら、土方の方を見る。野郎は何事もなかったように席へ着いていた。ただ、いかにも機嫌が悪い様子で片肘をついている。

「ククッ…」

っとイケねェ、つい笑い声が漏れちまった。
俺の視線に気付いた土方は、フンとすら聞こえてきそうな顔つきで窓の方へ顔を背ける。

「…今まであんなこと言わなかったんだよ?」
「でしょうねィ。」
「なのに今朝から急に言い出し始めて……」

『そう言えば、紅涙。髪を切ったのか?』
『よく分かったね!軽くしただけだから気付かないと思ってたのに…』
『かわいいな。よし、あとで撫でてやろう』
『えっ!?あ、ありがと…ぅ…』

「……っ、」

朝の出来事を思い出したのか、紅涙はまたひとつ顔を赤くした。

「でっでもね、あんなこと言いながらも、土方君はいつもの土方君なの。」
「そりゃどういうことでさァ。」

…なんて聞かなくても分かってるけど。

「何て言うのかな…。話してないみたい、というか…私もよく分からないんだけど、口が動いてないように見えるの。」
「ほほう…。話してないのに声が聞こえるわけですかィ?」
「そう!腹話術してるみたい…っていうのかな。あんなこと言った後でも私の顔色を見てくるわけじゃないし、何事もなかったようにシレっとしてて…。」

紅涙が、うーんと唸る。

「沖田君、土方君に何があったか知らない?」
「…知りやせんね。」

俺は噴き出しそうになるのを抑え、紅涙の顔を見た。

「力になれなくてすいやせん。」
「ううん、ありがとう。」
「本当に腹話術してるんじゃねェですかィ?地味にハマってて練習してる、とか。」
「そ、それは…仕方ないね。」

なんて言いやがる紅涙も問題だ。もっと幻滅しやがれ。

「…うん、そこまで気にすることじゃないのかも。」

紅涙が土方の方へ目を向けた。

「土方君は土方君…だもんね。私もすぐに馴れる…かな。」

それじゃあ困る。面白くねェじゃないか。

「…紅涙、もう一つ考えられやすぜ。」
「何を?」
「土方の野郎、もしかすると紅涙を試してるのかもしれやせん。」
「っ…私を?」

俺は紅涙に頷き、人差し指を見せた。

「ムカつくことに、野郎はツンケンしてるくせにモテやがるだろ?」
「…うん。」
「ありゃあ単に外見で近寄ってきた、浅~い思考の女達に過ぎやせん。」
「そ、それは……どうかな。」
「そうですぜ。だから土方は本来の自分であるゲロ甘ェ考えをさり気なく吐いて、紅涙が自分の外見に惚れただけの浅い女か見極めようって考えなんでさァ。」
「!!」
「紅涙の態度が野郎のお眼鏡にかなわない時にはもちろん……」

チラりと土方の方を見る。紅涙は最後まで言わずとも十分に衝撃を受けていて、あんぐりと口を開けたまま土方の方を見た。

「わ、私…試されてるんだ…。」
「幻滅しやしたか?」
「……、」

土方がこちらを見た。が、すぐさま話し掛けてきた他の女子に遮られる。数人が土方の席の周囲に集まり、姿は埋もれて見えなくなった。

「…幻滅は……しないけど、」
「チッ。」
「…え?」
「いや、…見なせィ紅涙。野郎の周りには女がザックザク。今も紅涙を試してやすぜ。」
「!…そ…そうなのかも。……どうしよう。」

不安げな顔をする。クク…。

「心配するこたァありやせんよ、紅涙。」

紅涙の肩に手を置き、俺は首を振った。

「弱気になるのが一番いけねェ。」
「沖田君…」
「自信を持ちなせェ。必要なら俺がしっかり稽古をつけてやりまさァ。」
「っ…お願いします!」

溺れる者は藁をもつかむ。
思っていた流れとは違うが、結果的に可愛いペットが手に入ったから良しとしよう。

「安心しなせェ。俺が必ず、野郎のお眼鏡にかなう女にしてやりやすよ。」
World Is Yours !
~心の中まで君一色~
―――ガタッ
「…あ、土方の野郎がこっちに来やすぜ。」
「え!?」
「紅涙…かわいいヤツだな。総悟といる時も俺のことばっか気にしてるじゃねェか。」
「っっおお沖田君!」
「今行くからそんな寂しがるなよ。可愛い俺の紅涙。」
「沖田君っ!土方君がまた甘いこと言いながら近付いてくるよ!!」
「落ち着きなせェ。あとでちゃーんと心構えを教えてやるから、今は耐えるんでさァ。」

にいどめ