近藤さん
「あれ?こんな街路樹あったっけ…?」
たった2週間、されど2週間。
視界に入る景色はどれも妙に新鮮だった。
「そうだ、ケーキを買って帰らなきゃ。」
喜ぶ土方さんの顔を想像しながらケーキ屋へ向かう。
辿り着いた店を見て、驚いた。
「わっ…、」
随分と大きくなっている。パッと見ただけでも、敷地面積は以前の3倍。
「…そう言えばこの道、土方さんの誕生日以来通ってないかも。」
そりゃあ景色も変わるか。
「すみませーん。」
店へ入り、声を掛ける。
ショーケースに陳列されたケーキはどれも美味しそうだ。…けれど、
「うん…?」
マヨケーキも売り出されている。これってシークレット的な扱いじゃなかったっけ?
「はい…おや!久しぶりだね、早雨さん!」
「お久しぶりです!」
奥から出てきたのは、以前も対応してくれた店主兼パティシエさん。
「お店、大きくなったんですね!」
「そうなんです、副長さん様々ですよ!ハハハッ!」
そうか、土方さん効果ね。
マヨケーキまで売り出してるところを見ると、相当な数の土方ファンが買いに来ているんだろう。
「それじゃあ私も、このマヨケーキを頂けますか?」
「ありがとうございます!ホールケーキもご用意できますが…」
「あー…」
おそらく土方さんはホールケーキでも食べきれる。が、また私におすそ分けしてくれる流れになるのは勘弁。大きなケーキを用意するほど、前回のような甘っちょろい分量で終わらない気がする。…うん、今年は小さめで行こう!
「今日はショートケーキの方で。」
「わかりました!」
パティシエが手際よくケーキを白い箱へ移す。お金を払って私の手元に来た箱は、前に購入した時よりもひと回り小さかかった。
「ではこちらがマヨケーキになります!」
「ありがとうございます。」
「オクさんにもよろしくお伝えくださいね。」
「?はーい。」
「ありがとうございました~!」
パティシエの声に見送られながら店を出る。
「……、」
『オクさんにもよろしくお伝えくださいね』
…オクさんって誰のことだろう。新人隊士?でも新人隊士に『よろしくお伝えください』なんて珍しいよね…。……まさか、この2週間の間に新しい重役が入った!?
「…まぁいっか。」
私は白い箱を片手に、今夜を妄想しながら足取り軽く帰った。
そしてようやく、
「ただ今戻りました~!」
愛しき屯所へ。今はこのむさ苦しい空気すらも愛おしく感じる。
「……?」
靴を脱ぎ終わり、顔を上げた。
いつもなら誰かしら必ず出てきて『おかえり』と言ってくれるのに、今日は何の返事もない。それどころか耳を澄ましても静かだ。
「…会議でもしてるのかな。」
何かあったのかも。
少し緊張しながら広間へ向かう。…でも、
「誰もいない…。」
クリスマス会の準備すらしていなかった。去年なら準備していてもおかしくない時間なのに、庭の松の木すら飾りつけしていない。
「やっぱり何かあったのかも…。」
総動員するような、何か大きなことが……
―――ガタッ…
「!」
どこかで物音がした。ここから一番近い部屋は局長室。近藤さんはいるのかもしれない。
「…近藤さん、いますか?」
恐る恐る、部屋の前で声を掛ける。すると、
「その声は紅涙ちゃんか。入ってくれ。」
「!」
よかった、いる…!
「失礼します!」
障子を開けた。近藤さんはやわらかに微笑んで、「おかえり」と言ってくれた。でも…
「長きに渡りご苦労さまだったね。」
何か…違う?
近藤さんって、こんな大人のオーラを醸し出す人だったっけ?もっとこう…気さくな感じで、無邪気さと小汚さが…じゃなくて、味のある雰囲気を持った人だったような気がするんだけど……。
「向こうは寒かったかい?」
「え、あっはい!もう寒いってもんじゃないですよ!雪とか積もりまくってて、車もスッポリです!」
「ははは!そうかそうか。ま、座ってくれ。」
向かいの席へ促される。その手の一部がキラッと光った。
「…?」
何か付いてる?
目をこらす。近藤さんの左手…左手の……
「…っえ!?」
「どうした、紅涙ちゃん。」
「こっ近藤さん、左手……」
「うん?」
「ひ、左手に…薬指に…っ!!」
「……ああ、」
「ゆっゆびっ指輪…が…っっ!」
指輪があるんですけどォォー!!
「ハハッ、そうなんだ。実は俺も婚約してね。」
「こっ、お、ぉぅえぇぇッ!?」
ちょっ…いつの間に!?いつの間にそんな話になってたの!?お見合い!?お見合いでトントントーンと進んだらそうなるわけ!?
「おっお相手はゴリ…いえっ、天人の方ですか!?」
「やだなァ~、悪夢を思い出させないでくれよ。ちゃんと人間、江戸の人だ。」
そうなの!?
近藤さんは嬉しそうに目を細めて笑った。
ああっ眩しい!まさかこの人の笑顔に眩しさを感じる日が来るなんて!!
「だから今年のクリスマス会からは開催しないことになったんだ。うちも随分と所帯持ちが増えたからね。」
「そうだったんですか…!」
「ようやく俺も仲間入りできたよ。」
くっ…眩しい!
そっか、クリスマス会がないから人がいないのか。ないと言われると若干寂しい気はするけど、土方さんと過ごせるなら断然いい。今年は良いクリスマスになりそう!
「その箱は何だい?」
「あ、ケーキです!マヨネーズの。」
「マヨネーズ…、」
へへと笑う私に、なぜか近藤さんは苦笑する。
「トシのためか。」
「はい!もちろん。」
「そうか…、」
「?」
なんとも言えない表情だ。
「あの…何か……?」
「いや、…喜ぶといいな。」
「はい!あっ、おめでとうございます、近藤さん!」
「うん?」
「ご結婚…ご婚約?」
「ありがとう。」
うわぁ…本当にしたんだなぁ。…すごい!すごいよ!!何だか自分のことのように嬉しい!!
「今度、紅涙ちゃんにも妻を紹介するから。」
『妻』!!
「はいぜひ!楽しみにしてます!!」
私は興奮冷めやらぬまま「失礼します!」と頭を下げ、局長室を後にした。
いや~、まさか近藤さんが婚約しているとは。寝耳に水とはこのことだよね。土方さんは前々からそういう話があるって知ってたのかな?
「知ってて黙ってたんだろうなぁ…。」
私には言ってくれてもよかったのに。信用ないなぁ、秘密はちゃんと黙ってる人間ですよ?
「あとで文句言ってやろう。」
局長室を出た足で副長室を目指す。
いつもなら煙草の匂いが部屋の外まで漏れ出ているけど、不思議と今日はしない。
もしかしていないのかな…?
障子の前で足を止め、声を掛けた。
「土方さん、紅涙です。今戻りました。」
「……。」
反応がない。やっぱりいないのか。
―――カサッ…
「!」
いる!いるじゃん!
かすかだけど、部屋の中から書類を捲る音が聞こえる。
もうっ、どうして答えてくれないの?いつもなら『入れ』って言ってくれるのに…。
「入ってもいいですか?」
「……、」
「…?……あの、土方さん?」
どうしたんだろう…。…まさか、書類を片手に倒れてる!?
「っひじ――」
待て待て待て。すごく重要な考え事をしているのかもしれない。その場合、邪魔するのは気が引ける。
「…、」
…でも…、
「……。」
少しでいいから、顔…見たいな。
「……入れ。」
「!」
中から声が返ってきた。
「失礼します!」
すぐさま障子を開ける。久しぶりに足を踏み入れると胸が高鳴った。土方さんは奥の机の前に向かい、こちらに背を向けている。
ああ…っ、今すぐあの背中に飛びつきたい!!
「……。」
「…?」
私が部屋に入って十数秒。なかなか土方さんは振り向かない。
なんで?寂しくなかったの?会いたいとか、早く顔が見たいとか…思ってくれてなかったの?
「……、」
ええい!土方さんの気持ちなんて関係ないわ!私から抱きついてやる!私は今、猛烈な土方欠乏症中なんですよ!!
「土方さ―――」
「何しに来た。」
「っ……え…?」
踏み出した足を止める。
今…なんて?
「何しに来たって言ってんだよ。」
驚いた…。まさかそんな言葉を投げられるとは思ってなかった。しかも背を向けたままだよ?ちょっと怒ってるってことでしょ。
……あ。あれかな。この2週間、ろくに連絡を取らなかったから。でもそれは連絡を取らなかったんじゃなくて、取れなかったんですよ?ちょっとは相手の事情も汲んで拗ねてくれなきゃ困るなぁ……
「用がないなら出て行け。」
「っえ!?」
「俺はお前に用がない。」
「や、ちょっ……」
待って待って、これヤバいやつ。本気で怒ってる時じゃん!恋人同士の痴話喧嘩レベルじゃないよ!?なんで!?なんで!?なんでこんなに怒ってるの!?
「あ、の、……、」
「……。」
「……、…、」
っ…ダメだ!聞けない!こっちの事情なんてとても言えない!!でも何か言わなきゃ追い出される…!
「……も、」
「……。」
「…も…、…戻りました。」
かろうじて出た言葉だった。息苦しいくらい空気が張りつめている。立ちくらみすらしそうだ…。
「…、……お疲れ。」
「あっ…、…おっ、お疲れさまです!」
よ、よかった…とりあえず返してくれる。
労いの言葉に少しホッとしたのも、つかの間。
「……。」
再び空気が止まる。会話は続かなかった。続ける気もないように感じる。あの背中から、『出て行け』と声すら聞こえる。
どうしよう…。私、何かしたの?
あんなに会いたかった人が目の前にいるのに、ただ声を聞いて、抱き締めてほしかっただけなのに……